11月3日(日) 召天者記念礼拝 「天の故郷にあこがれて」
2013-11-05
「あなたがたは、心を騒がせないがよい。神を信じ、またわたしを信じなさい。わたしの父の家には、すまいがたくさんある。もしなかったならば、わたしはそう言っておいたであろう。あなたがたのために、場所を用意しに行くのだから。」(ヨハネ14章1~2節)
私たちは病気や災害など命を脅かすことのない日常生活では「生かされて」いるというよりは「生きている」という思いが強いのかもしれません。しかし、よくよく考えてみると私たちは「生かされて」います。食べ物をとおして命をいただいている。息をしている空気や自然をとおしても命をいただいて生かされているのです。「死」を目の前にしてはじめてそのことに気づく、いや気づかないで人生何だったのか?あるいは恐れつつ死んでいく人もいるのではないでしょうか。しかしイエス・キリストは「死」で人生が最後ではないことを約束されます。「私の父の家」には住まいがたくさんある。イエス様が言う「父の家」とは父なる神さまがおられる場所です。父なる神さまは永遠であり、はじめであり、終わりであると言われるお方です。このお方のおられる場所に用意ができたら迎えに来るのだと約束して下さいました。この地上の人生で私たちの人生は終わるのではありません。永遠なる父なる神さまがおられる場所で新しい人生がはじまるのです。
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